シャンパーニュの誕生
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| シャンパーニュ地図 |
シャンパーニュが誕生したのは、パリの東150kmに広がるシャンパーニュ地方。
シャンパーニュと名乗るには、この地で産した発泡性ワインだけであり、この地方以外で産する発泡性ワインをシャンパーニュと呼ぶことは、1908年の法令で禁止されており、更に、1927年に定められた法律で、ブドウ畑の場所、ブドウの品種、剪定条件、収穫量、圧搾方法、熟成期間など様々な条件をクリアしたものだけが、シャンパーニュを名乗ることが出来るのです。
シャンパーニュ地方でブドウ栽培が始まったのは、紀元前にまで遡ります。紀元前57年、ジュリアス・シーザー率いるローマ軍がフランスを征服。が、それとともにすでにワイン造りが行われていたローマ帝国の技術が古代からブドウが自生していたこの地方にも伝わったのです。
キリスト教において、ワインはイエス・キリストの血であると言われていることから、その後、キリスト教の普及と共にヨーロッパ全土にワインが広まり、主に教会の周辺にブドウ畑が作られました。
中世には、修道院の修道士たちの努力と研究により、次第に風土に適したブドウが栽培されるようになり、シャンパーニュ地方のワインの名声も16世紀には確立されていました。
当初はもちろん普通のワインが造られていて、それも"キリストの血"である赤ワインでした。
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| シャンパーニュ風景 |
シャンパーニュ地方のワインを愛好していたのは、フランス以外では主にイギリス。イギリスは、西岸海洋性気候という気候風土のためブドウ栽培には適さず、ローマ帝国支配の時代当時から、強大な海運力を持った海洋国家大英帝国の19世紀に至るまで、常にワインは海外からの輸入に頼っていました。
そんな中で、フランスワインは最高の品質であったため、その主たるものとなったのでした。
さて、樽詰めワインを輸入し、それをボトルに詰めたところ、春が来て暖かくなると瓶の中で二次発酵が起こり、偶然にもシャンパーニュが誕生したと考えられています。それが17世紀の頃のお話。
フランスの顔とも言えるシャンパーニュが異国の地イギリスで誕生したというお話は、シャンパーニュの持つイメージを豊かに膨らませてくれますが、実は、もうひとつ、よく知られたシャンパーニュ誕生の伝説があります。